現実と見紛うような夢を見た、と言ったら、もうひとりの自分が呆れるように答えた。それを夢と言うんだけどね。
目覚めてベッドから起きあがろうとしたとき、四十年近くも昔の中学生時代の同級生を思い出した。転入生だった内田さんは髪をほぼセットしない長めのスポーツ刈りのようなベリーショートの女子だった。ブレザーの制服からジャージに着替えて過ごす学校生活では、内田さんは休み時間になる度に椅子の上であぐらをかいていた。ジェンダー平等の認識がろくになかった時代でも、その個性は主体的な自由を望んでいた生徒たちだけでなく、女子生徒たちが伸ばしがちな髪の長さやスカートの丈を物差しで測ってはミリ単位で校則と照らし合わせるような一部の近視眼的な先生からも好意的に受け止められていたかもしれない。
三年生のときの美術教師だった女の先生は、授業のあと僕と内田さんを呼び止めて、放課後に進路相談室へ来るようにと言った。その日の夕方、僕らの他には誰もいない部屋で先生は言った。
「ちょっと遠いけど、美術科がある市外の高校の推薦枠がひとつあるから、希望するなら二人でよく話し合って、どちらかに決めて」
話し合うまでもなく僕は即答した。
「内田で」
「え? いいの?」と目を丸くした内田さんは、一呼吸置いて、夢に向かって意を決したように小さくガッツポーズをした。「よし!」
僕と内田さんは学期末になると成績表を見せ合っていた。比べあったのは美術の成績で、内田さんは美術の学年トップだった。僕は美術部ではなかったし、内田さんのように上手な絵も描けなかったけれど、図画工作やレタリングの実技は好きな授業だった。学級委員をしていた僕にとっては転入生だった内田さんと打ち解ける唯一のきっかけが美術の話題で、ひょっとするとクラスメイトや美術部の人たちよりも少しだけ早く、打てば響くような友交は築けていたのかもしれない。
ある日の放課後、サッカー部の練習の合間に、教室に置き忘れた荷物を取りに戻る途中、掃除当番の雑巾掛けでもするように、あるいは落としたコンタクトレンズを探すように、廊下で四つん這いになっている内田さんを見かけた。近づくと、内田さんは床にスケッチブックを置いて何かを描いていた。廊下に面した教室から他のクラスの中尾さんという女子が現れて内田さんの傍らに腰を下ろした。僕は二人に訊いた。
「廊下でなにを描いてるの?」
内田さんは短髪の頭を片手でぽりぽり掻いた。中尾さんは僕を見上げて含みのある表情で言った。
「彼女は君のことも描いてるよ」
「どれ?」
僕もその場にしゃがみ込んで、床に置かれたスケッチブックを覗き込んだ。最初に目に留まったのはクロッキーだった。ボールを蹴っていると思しきサッカー部員の上半身や足元の線描。速写のクロッキーをまともに描けたことがない僕は、お手本をしっかり目に焼きつけようとした。そしてうっかりページを捲ると、そこには描きかけのデッサンのようなものがあった。
「これは」
中尾さんがいる手前、僕は天邪鬼になってその絵を指差した。
「キャプテンの清和?」
きょとんとした内田さんは、両手で目をこするふりをして、えーん、と嘘泣きした。中尾さんは横目で僕を見ながら呆れ果てたように言った。
「ばっかじゃないの」
内田さんはそんなとき、わたし、から、オレ、に一人称を変える。
オレの立場を察しておくれよ、みたいに。
きっと、内田さんはある種の日記のように、やっと馴染んできた転校先の学校生活を描き写していたのかもしれない。そうであるならばきっと、被写体が誰であるかはそれなりに大事なことだったかもしれない。描きかけの肖像と詮索を気にした僕のイメージは、さすがにちょっと似つかないものだったかもしれない。女子組の冷ややかな視線から逃れるように、僕はできるだけそっとその場を離れた。
卒業式の日、僕は内田さんと最後の会話をした。制服姿のクラスのみんなと式場となる体育館へ向かうまでの間、教室で待機しているときだった。教室内はざわざわしていた。同じ高校へ進学する人たちもいれば、内田さんのようにひとりで進学する人もいる。僕は教室の黒板の上に設置されている丸い時計に目を遣った。一時間後には卒業式も終わり、それぞれが離れ離れになって、二度と時間は戻らないのだ。ふと手前に視線を移すと傍に立っていた内田さんが両手でスカートを摘んで、その裾をひらひらさせた。
「オレはスカートが似合わないんだよな」
「そんなことないけどね」と僕は正直に言った。
僕は床で絵を描く内田さんの姿を思い浮かべた。机の上に手が届かなかったずっと小さな頃からの習慣かもしれないし、すぐに机を用意できない引越しの合間にも床さえあれば絵は描けたのかもしれない。内田さんのことだから教科書を見て、紙を寝かせる日本画の画家にも興味を惹かれたのかもしれない。いずれにせよ、その姿勢で絵を描くにはスカートでは難しいのかもしれないし、長い時間を制服で過ごす高校生活を想像しては不安が心をよぎるのかもしれない。それでもそれが内田さんらしいと思った僕は惜別の言葉の代わりに共通言語で言った。
「内田っぽくないのは、首から掛ける画板」
「え? あれ、わたし似合ってないの? あ、わたしって言っちゃったな」と髪を伸ばし始めた内田さんは小さく笑って、思い直したように付け加えた。「言われてみれば、授業以外であまり使わなかったけど。でもオレは画板は嫌いじゃないよ? あれはあれで、なくてもいいけど、あったら水彩とかで便利だから」
あれから数年後、内田さんは高校の美術科を首席あたりで卒業して美大にも進学しただろうか。その後も自分自身と対話しながら、その分身は絵を描き続けただろうか。年齢を重ねるうちにオレとわたしが同化して、より抽象的に表現も変化したりして、どこかのギャラリーで個展を開くようなこともあっただろうか。それとも五十年と少しのこれまでの人生で、床に紙を置いて四つん這いになって、子供たちと一緒に絵を描くこともあっただろうか。僕はベッドから降りて窓のカーテンを開けた。その途端、夢から覚めていくように同級生の残像が再び記憶の底に遠ざかっていった。

人は、一度巡り合った人と二度と別れることはできない。なぜなら人間には記憶という能力があり、そして否が応にも記憶とともに現在を生きているからである。/『パイロットフィッシュ』 大崎善生
