Non-Fiction

「ノンフィクションは嫌いじゃないんですけどね」とポッドキャストにゲスト出演した海外文学の翻訳家の岸本佐知子さんは、まるで魚座の習性を代弁してくれる天の声のように言った。「現実が嫌いなんですよ、私は」

TBSラジオ アフター6ジャンクション「ブック・ライフ・トーク」feat. 岸本佐知子

魚座O型同士の高校文系クラスの同級生は黒縁メガネをかけていた。彼は大学の文学部へ進学した三十数年前、人知れず創作SF小説に挑んでいた。当時彼は、見たこともない未来とか宇宙を舞台にした作品を書きながら、まるで自己弁護するように言った。「小説家っていうのはさ、見てきたようなウソを書く人のことを言うんだよ」

おまけに魚座でO型だが/『わからない』岸本佐知子

「言い得て妙」と僕は頷いた。「歴史小説が、なぜ小説なのか」
「だろ?」とその同級生はインテリジェンスな文豪気取りでメガネのブリッジを指で押し上げながら言った。「何百年とか何千年も前のことなんて、現代人の誰が見たって言うのさ」

歴史って、もう済んだ話じゃん。ネタバレしてるじゃん。/TBSラジオ アフター6ジャンクション「ブック・ライフ・トーク」feat. 岸本佐知子

世間は魚座星人に少なくない偏見を持っている。宇宙人とか不思議ちゃん、ズレているとか頭がおかしいと世間は何かと魚座星人を揶揄せずにはいられないようだ。しかし、三十年前のその頃、魚座の同級生はまるで宇宙人が見てきたように地球の未来を予見していた。
「みんな風邪を病気とは思ってないだろ? 風邪くらいで休むなと言う人もいるくらいだし。でもそのうち、風邪薬が効かないくらい風邪菌が進化して、風邪こそが一番怖い病気になるんだよ。風邪なんて誰もが感染するんだから、そうなったら人間なんて、たちどころに滅亡だよ」
「いつもそんなことを考えてるのか?」とは魚座の僕はさすがに聞けなかった。

地球人のふりをしている宇宙人の気持ち」が、その後の人生でずっとついて回ることも、この時はまだ知らない。/『わからない』 岸本佐知子

Dreaming

    現実と見紛うような夢を見た、と言ったら、もうひとりの自分が呆れるように答えた。それを夢と言うんだけどね。

    目覚めてベッドから起きあがろうとしたとき、四十年近くも昔の中学生時代の同級生を思い出した。転入生だった内田さんは髪をほぼセットしない長めのスポーツ刈りのようなベリーショートの女子だった。ブレザーの制服からジャージに着替えて過ごす学校生活では、内田さんは休み時間になる度に椅子の上であぐらをかいていた。ジェンダー平等の認識がろくになかった時代でも、その個性は主体的な自由を望んでいた生徒たちだけでなく、女子生徒たちが伸ばしがちな髪の長さやスカートの丈を物差しで測ってはミリ単位で校則と照らし合わせるような一部の近視眼的な先生からも好意的に受け止められていたかもしれない。
    三年生のときの美術教師だった女の先生は、授業のあと僕と内田さんを呼び止めて、放課後に進路相談室へ来るようにと言った。その日の夕方、僕らの他には誰もいない部屋で先生は言った。
「ちょっと遠いけど、美術科がある市外の高校の推薦枠がひとつあるから、希望するなら二人でよく話し合って、どちらかに決めて」
    話し合うまでもなく僕は即答した。
「内田で」
「え? いいの?」と目を丸くした内田さんは、一呼吸置いて、夢に向かって意を決したように小さくガッツポーズをした。「よし!」
    僕と内田さんは学期末になると成績表を見せ合っていた。比べあったのは美術の成績で、内田さんは美術の学年トップだった。僕は美術部ではなかったし、内田さんのように上手な絵も描けなかったけれど、図画工作やレタリングの実技は好きな授業だった。学級委員をしていた僕にとっては転入生だった内田さんと打ち解ける唯一のきっかけが美術の話題で、ひょっとするとクラスメイトや美術部の人たちよりも少しだけ早く、打てば響くような友交は築けていたのかもしれない。
    ある日の放課後、サッカー部の練習の合間に、教室に置き忘れた荷物を取りに戻る途中、掃除当番の雑巾掛けでもするように、あるいは落としたコンタクトレンズを探すように、廊下で四つん這いになっている内田さんを見かけた。近づくと、内田さんは床にスケッチブックを置いて何かを描いていた。廊下に面した教室から他のクラスの中尾さんという女子が現れて内田さんの傍らに腰を下ろした。僕は二人に訊いた。
「廊下でなにを描いてるの?」
    内田さんは短髪の頭を片手でぽりぽり掻いた。中尾さんは僕を見上げて含みのある表情で言った。
「彼女は君のことも描いてるよ」
「どれ?」
    僕もその場にしゃがみ込んで、床に置かれたスケッチブックを覗き込んだ。最初に目に留まったのはクロッキーだった。ボールを蹴っていると思しきサッカー部員の上半身や足元の線描。速写のクロッキーをまともに描けたことがない僕は、お手本をしっかり目に焼きつけようとした。そしてうっかりページを捲ると、そこには描きかけのデッサンのようなものがあった。
「これは」
    中尾さんがいる手前、僕は天邪鬼になってその絵を指差した。
「キャプテンの清和?」
    きょとんとした内田さんは、両手で目をこするふりをして、えーん、と嘘泣きした。中尾さんは横目で僕を見ながら呆れ果てたように言った。
「ばっかじゃないの」
    内田さんはそんなとき、わたし、から、オレ、に一人称を変える。
    オレの立場を察しておくれよ、みたいに。
    きっと、内田さんはある種の日記のように、やっと馴染んできた転校先の学校生活を描き写していたのかもしれない。そうであるならばきっと、被写体が誰であるかはそれなりに大事なことだったかもしれない。描きかけの肖像と詮索を気にした僕のイメージは、さすがにちょっと似つかないものだったかもしれない。女子組の冷ややかな視線から逃れるように、僕はできるだけそっとその場を離れた。
    卒業式の日、僕は内田さんと最後の会話をした。制服姿のクラスのみんなと式場となる体育館へ向かうまでの間、教室で待機しているときだった。教室内はざわざわしていた。同じ高校へ進学する人たちもいれば、内田さんのようにひとりで進学する人もいる。僕は教室の黒板の上に設置されている丸い時計に目を遣った。一時間後には卒業式も終わり、それぞれが離れ離れになって、二度と時間は戻らないのだ。ふと手前に視線を移すと傍に立っていた内田さんが両手でスカートを摘んで、その裾をひらひらさせた。
「オレはスカートが似合わないんだよな」
「そんなことないけどね」と僕は正直に言った。
    僕は床で絵を描く内田さんの姿を思い浮かべた。机の上に手が届かなかったずっと小さな頃からの習慣かもしれないし、すぐに机を用意できない引越しの合間にも床さえあれば絵は描けたのかもしれない。内田さんのことだから教科書を見て、紙を寝かせる日本画の画家にも興味を惹かれたのかもしれない。いずれにせよ、その姿勢で絵を描くにはスカートでは難しいのかもしれないし、長い時間を制服で過ごす高校生活を想像しては不安が心をよぎるのかもしれない。それでもそれが内田さんらしいと思った僕は惜別の言葉の代わりに共通言語で言った。
「内田っぽくないのは、首から掛ける画板」
「え? あれ、わたし似合ってないの? あ、わたしって言っちゃったな」と髪を伸ばし始めた内田さんは小さく笑って、思い直したように付け加えた。「言われてみれば、授業以外であまり使わなかったけど。でもオレは画板は嫌いじゃないよ? あれはあれで、なくてもいいけど、あったら水彩とかで便利だから」
    あれから数年後、内田さんは高校の美術科を首席あたりで卒業して美大にも進学しただろうか。その後も自分自身と対話しながら、その分身は絵を描き続けただろうか。年齢を重ねるうちにオレとわたしが同化して、より抽象的に表現も変化したりして、どこかのギャラリーで個展を開くようなこともあっただろうか。それとも五十年と少しのこれまでの人生で、床に紙を置いて四つん這いになって、子供たちと一緒に絵を描くこともあっただろうか。僕はベッドから降りて窓のカーテンを開けた。その途端、夢から覚めていくように同級生の残像が再び記憶の底に遠ざかっていった。

人は、一度巡り合った人と二度と別れることはできない。なぜなら人間には記憶という能力があり、そして否が応にも記憶とともに現在を生きているからである。/『パイロットフィッシュ』 大崎善生

humor :)

「おっと。個人用ではないアカウントから送ってしまった。ドイツは早朝 :)」。ドイツから寝惚けた様子を装って誕生日祝いのメッセージを送ってくれたのは、社会学博士号のビジュアルアーティストで、ボーイッシュなベリーショートのサンドラさんだった。目覚めて最初に思い浮かべた人よ、というロマンチックなラブレターではない。ソーシャルアカウントを切り替え忘れただけかもしれないし、女性のサンドラさんがワイフと呼んでいる男性パートナーの目を盗んで送ったものかもしれない。あるいは博士の愛嬌かもしれないし、本当に夢うつつだったのかもしれない。その粋な計らいに、僕は日本時間の夜に感謝を伝えて、最後にひとこと付け加えた。「おっと。もう夜の十時。もうすぐおやすみ :)」

もうひとりのドイツ人、写真家のカローラさんは、僕のソーシャルアカウントにコメントをくれた。「あなたの文章には村上春樹のようなひねりを感じる」。カローラさんはその後、日本語版があるかどうかはわからないけれど、と前置きしながら、ダイレクトメッセージでおすすめの海外小説をいくつか教えてくれた。「私はノンフィクションを読むことが多いけれど。ムラカミ以外に日本人作家はいないの?」。僕はカローラさんに訊いた。「ハルキムラカミはドイツでも有名?」。カローラさんは日本人相手に気の利いた返信をくれた。「キッコーマンのソイソースよりかは有名だと思う :)」

八十年代の後半、高校生の頃に好んだ小説は田村隆一訳のロアルド・ダールだった。十年以上の縁が続くブリストルの写真家ロイドは、そんなイギリス人らしい皮肉やブラック・ユーモアはあまり口にしない。彼は三脚にセットしたカメラの上から何の変哲もない透明なビニール袋をすっぽり被せて、そこにひとこと添えた。「全天候型カメラケース、パテント・ペンディング」。語尾にスマイルマークをつけないところも、ペンディングにするあたりにも彼の控えめな人柄が表れているのかもしれない。いずれにせよ、ユーモアは世界共通かもしれないし、類は友を呼ぶのかもしれない。かもしれないが多すぎるかもしれないと小説で書いていたのは村上春樹だったかもしれない。

背後に銀色のジャガーが見えた。その隣にはブルーのトヨタ・プリウスが駐まっていた。その二台が隣り合って並ぶと、歯並びの悪い人が口を開けて笑っているみたいに見えた。/『騎士団長殺し』村上春樹

潮汐

    雨が降ってきたよ、と空を指差し、目線で合図を送ってくれた。浜辺で大型犬を散歩させていたその人は、海岸線に沿って建つ西湘バイパスの橋梁の下を指差した。あそこで雨宿りしましょう。

    十五年ほど前の台風で西湘バイパスが崩落、砂浜が消失した海岸。のちに埋め立てられた人工砂浜からその海を眺めると、そこが相模湾だということを一時的に忘れ、波が高いときには外海の南房総のように思えてくる。台風の高波はその後も重なり、砂浜の一部は今も立入禁止のロープが張られていた。人工砂浜は養浜中で、その足元は柔らかい。
「そうなのよ」
    橋梁の下でその人は頷いた。ぶるぶると体を震わせた犬は行儀よくその人の足元に座った。雨に濡れた犬の背中を撫でながらその人は言った。
「この裏にプールがあるけど、昔はね、海水浴場があってみんな海で泳いでた。台風の前はこの子を連れて大磯まで砂浜を歩いて行けたんだけど」

    幼少の頃、四国の高松出身の父は鎌倉の由比ヶ浜に連れていってくれた。潮風に乗って運ばれてくるようなその波を指差しながら父は言った。
「湘南の海は、波が引かないんだ」
    湖のように穏やかな瀬戸内海を見て育った父がそう言うのを信じたからか、湘南の波はサッと砂浜に吸収されていくように幼い僕の眼にも映った。
    今、湘南や西湘の海を眺めると、波に削られた砂浜には傾斜がつき、その波は砂を持ち帰るように確実に引いていく。

「ほら、月(あれ)が見えるか?」とピューが言った。「海があれを感じるように、わしもあれを感じるんだ。海をひっぱるように、あれがわしの体をひっぱる。それで嵐が近いのがわかるんだ」/『灯台守の話』ジャネット・ウィンターソン 岸本佐知子 訳

ブレイクダウン

   「ノ」のように、緩やかにカーブした十センチほどの赤い線が引かれていた。単行本のページを捲っていった先で、ページを切り裂くように現れたその赤い線は、ペンではなく、色鉛筆やクレヨンでもなく、口紅あるいは色つきリップで引かれたものに見えた。立ち読みしていた誰かが誤って手を滑らせたにしては紙はどこも折れておらず、その線を除いて本は新品のままだった。僕はその本を閉じて会計カウンターに向かった。
「カバーはお掛けしますか?」とカウンター越しの女性スタッフさんは言った。
「お願いします」と僕は答えた。
    意外なことにスタッフさんはパラパラとページを捲ってわざわざ検品を始めた。
「これは」とスタッフさんは小声をあげてその手を止めた。「お取り替え致します。申し訳ございませんが、一週間ほどお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
    僕は慌てて手をひらひらと振った。
「それ、把握していたので問題ないです。そのままお気になさらず」
    いえ、でも、と困惑したようにスタッフさんは顔を上げた。マニュアルに沿った対応かもしれない。たとえ客が構わないと言っても、あとからクレームが入るとややこしいことになるのだろう。
    じゃあ、わかりました、と僕は頷いた。再入荷を待ちます。
    よかった、とスタッフさんは笑った。

    ホテルのベルボーイのように、エントランスで待ち構えるように黒髪ショートの女性が立っていた。
「お待ちしておりました。こちらへ」
    一週間ぶりに顔を合わせたスタッフさんは会計カウンターまで先導してくれた。その図書館の販売コーナーには、地元の書店ではあまり見かけない知る人ぞ知る本も時折置かれている。再入荷された商品をカウンターで検品し始めたスタッフさんは、ふと顔を上げた。
「本がお好きだとお見受けしたので」
    本の著者のネームバリューだろうか? それとも他の要因かもしれないと咄嗟に思い直して、僕は記憶を巻き戻すように一週間前を振り返った。
    あの日、僕は一冊の単行本を棚から抜き取って、その表紙を手のひらや指先で撫でながら “利き紙” をしていた。通常とは異なる紙が表紙カバーに使われているその本の奥付には、案の定、「装幀 クラフト・エヴィング商會」とあった。選書家やデザイナーが著者への敬意を装丁に込めたようなその本の中には、手を誤った第三者による赤い線が引かれていた。それでも意外なことに、無機質な書体と硬質な文章が並ぶ紙の上で、その緩やかな赤い線は肌に透けて見える血管のように紙面に体温を与えているようにも感じられた。本の著者はリディア・デイヴィス、本のタイトルは『分解する』。いっそのことそのタイトルのように、本を読む度に赤い線を思い出しては、線が引かれた状況を分析するように想像してみるのも面白いような気がした。そんなふうに思いを巡らせながら、僕は本棚の前で立ち尽くしていたかもしれない。
    いずれにせよ当初の予想は外れていた。本の交換はスタッフさん個人の善意によるものだったのだ。
「そういうことでしたか」と僕は恐縮した。
「大切になさってください」とスタッフさんは両手で本を差し出した。

やがて君は起こったことの一部を、あるいは大部分を、最終的にはほぼ全部を忘れてしまう、そしてもうこれ以上は忘れまいとして懸命にすべてを記憶にとどめようとする、だがあまり考えすぎると逆にそれを殺してしまうことにもなりかねない、それでも四六時中考えてしまう自分をどうすることもできない。/『分解する』リディア・デイヴィス 岸本佐知子 訳

Convenience

あれ? もう治ったんですか? と最寄りのコンビニでレジのスタッフさんは言った。まだ治ってないんです、と僕は答えた。じゃあ、してなきゃだめじゃない、とスタッフさんが言ったので、現実を受け入れたくないんですよ、と僕は答えた。あはは、と笑ったスタッフさんは、小指って案外使ってるんですよね、と言った。そうそう、ペンタブレットのペンを持つと支えにしてるみたいで、あと、お米を研げないし、電車の吊り革を掴むときにも痛いんです、と僕は正直に答えた。だからしてなきゃだめって言ってるじゃない、とスタッフさんは呆れるように腰に手を当てた。明日からそうする、と言って僕はひとこと付け足した。お仕事中、使ってないようで、使ってると思いますよ、小指、気をつけないと。するとそのスタッフさんは足元を指差した。私、足の薬指を骨折したことがあって、だから案外痛いのわかります。聞いてるだけで痛くなってきた!と僕は言った。お互いさまでしょ! とスタッフさんは言い返した。ピーッとコーヒーマシンが音を立てた。コーヒーマシンからカップを取り出そうとしたとき、ほら、痛い方の手を使ってない? とスタッフさんは指摘した。僕の右手の小指にはヒビが入っていて、面倒だったので包帯などを一時的に外していたのだ。左手でカップを持って、おつかれさま、と言ってお店を出るとき、まるで看護師のようにスタッフさんは言った。お大事に!

数年前、出先からそのコンビニに電話をかけたことがあった。僕の財布、落ちてませんでした? 電話から聞こえる声は投げやりに言った。はいはい、ありますよ、台の上に置きっぱなしだったからお預かりしています、しっかりしてよ、もう、ボケちゃったんじゃないの? 一時間後、そのコンビニに戻って、会計の列に並んだ。同じくらいの身長でやけに体脂肪率が低そうな金髪の男性が僕の前に並んでいた。その人の会計が終わり、レジのスタッフさんは何も言わずにバックヤードに姿を消して、しばらくして戻ってきた。スタッフさんは僕の財布を差し出しながら言った。預かり手数料、お財布から抜いといたから。どうもありがとう、と僕は答えてスタッフさんに訊いた。今の人、誰か知ってた? スタッフさんはきょろきょろと辺りを見渡した。え? なに? もしかして、有名人? そのとき出入口のドアが開いて、新たに男性がひとり店内に入ってきた。僕はその人に向かって、おつかれさまです、と言った。うぃっす、とその人は片手を挙げた。やだー、なに? 今の人、誰? とスタッフさんは言った。聞きたい? と僕はスタッフさんに訊いた。聞きたい、聞きたい、とスタッフさんは身を乗り出した。情報提供料は、Mサイズのブレンドで、と僕は言った。そういうのいいから、早く言いなさいよ、とスタッフさんは急かした。今の人は、サッカー元日本代表のゴールキーパー、と僕は答えた。うそ! じゃあ、さっきの人は? とスタッフさんは言った。サッカー元日本代表で日韓ワールドカップのときに豪快にゴールを決めたヒーロー、と僕は答えた。よくわからないから、帰ったら旦那に聞いてみよう、とスタッフさんは言った。うん、それがいいね、彼らは今、ここの地元サッカーチーム所属だから、このお店のお得意様になる、と僕は答えた。そうなの? あ、だったら、在庫切らしちゃいけない商品とかあるかもね、いいこと聞いた! とスタッフさんは祈るように胸の前で両手を合わせた。うん、まだボケてないみたいよ、と言いながら僕はコーヒーのメニューを指差した。

・・・話はすぐに脱線し、いつまでも終わらない。多くの男性は、こういうことができない。私たちはみな、仕事以外で他人とつながることができないし、仕事に無関係な会話をすることができない。/『断片的なものの社会学』岸政彦

晩冬

十年前の三月だった。あるデザイナーの写真展が東京杉並区の上井草で開かれた。僕は生後半年ほど下井草に住んでいたことがあるらしい。僕は両親から聞き出した当時の住所を頼りに下井草に立ち寄って、少し遅れて上井草の会場に駆けつけた。すでに顔見知りの人達が集まっていた。僕は道すがら眺めた季節の移ろいをその場の人達に告げた。
「吉祥寺のあたりで、もう桜が咲いてたよ」
会場にいた人達がこちらを振り向いた。
「もう春ですね!」
確かにそのとおりだった。けれど、僕が言わんとしたことは少し違っていた。商業コマーシャル写真家の女性だけは、鑑賞していた展示作品から視線を外して、人の心を見透かすように言った。
「もうこの季節も終わっちゃうな」

「最近私、この言葉を気に入ってるんですよ。足るを知るって、知ってますか?」
同じように十年近く前、その女性写真家が言っていた言葉を今でも思い出す。思い出すのはその会話の前後や背景ではない。欲は捨てちゃだめです、とその人が僕にアドバイスをくれたあと、相反するようなその格言を幾度となく思い返した。

ピラミッドのような社会の山を自分の意思で登っていくと、不意に雲が晴れてさらに高い地点が見えてくるかもしれない。あそこに着いたらもっと違う世界が見えるかもしれないなと希望を抱くかもしれないし、先の長さや高さを感じてどっと疲れが出るかもしれない。いずれにしても登って来なければその先を見ることはできなかったかもしれない。上へ上へと登っていく度に、山はひとつではなくもっと他にもたくさんの山が聳えていることに気づくかもしれない。双眼鏡を覗くと、向こうの山には座って登れるリフトがあることにがっかりするかもしれない。今さら他の山に乗り換えたいと思っても、下山して登り直すのはもっと難しいかもしれない。途中でリフトが止まってしまうリスクも考えられるかもしれないし、リフトは高額な乗車賃が求められるのかもしれない。そんな向こうの山のちょうど同じような地点にいる人が、ハローと手を振ってくれているかもしれない。ぐるりと周囲を見渡すと、世界はことのほか広いのだと自分の無知に気づけるかもしれないし、世間は思いのほか狭いのだと俯瞰も出来るかもしれない。世界と世間を混同していたことにも気づけるかもしれない。そうして少しずつ視座が高くなっていることにも気づけるかもしれないし、いつしかその道程と現況は他人と比較することなく受け入れられるようになっているのかもしれない。足るを知る、とはだいぶ違うとは思うけれど、その格言が彼女の心を支えていたのは間違いないかもしれない。

商業写真家の女性が手掛けた仕事の話にも花が咲いて、春を迎えようとしていた上井草では、写真も本気なグラフィックデザイナーによるアイスランドの風景写真が展示されていた。その雪景色に視線を向けていた女性写真家の背中に僕は目を遣った。冬生まれのその人の誕生日はたまたま僕と三日違いだった。年齢の数字は遥かに僕の方が多いけれど、年齢と人生経験と語彙の豊富さは比例しない。僕はその冬に目にした氷結した山中湖の風景も脳裏で重ねながら、過ぎ去る季節を惜しむようなその人の横顔に言った。
肌がツンとするようなあの空気。
そうそう。
音がしないようなあの感じ。
そうそう。

以下の質問にホントかウソか、のどちらかで答えよ。雪は望みと哀惜の混合雑種である。/『グレープフルーツ・ブック』オノ・ヨーコ