「ノ」のように、緩やかにカーブした十センチほどの赤い線が引かれていた。単行本のページを捲っていった先で、ページを切り裂くように現れたその赤い線は、ペンではなく、色鉛筆やクレヨンでもなく、口紅あるいは色つきリップで引かれたものに見えた。立ち読みしていた誰かが誤って手を滑らせたにしては紙はどこも折れておらず、その線を除いて本は新品のままだった。僕はその本を閉じて会計カウンターに向かった。
「カバーはお掛けしますか?」とカウンター越しの女性スタッフさんは言った。
「お願いします」と僕は答えた。
意外なことにスタッフさんはパラパラとページを捲ってわざわざ検品を始めた。
「これは」とスタッフさんは小声をあげてその手を止めた。「お取り替え致します。申し訳ございませんが、一週間ほどお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
僕は慌てて手をひらひらと振った。
「それ、把握していたので問題ないです。そのままお気になさらず」
いえ、でも、と困惑したようにスタッフさんは顔を上げた。マニュアルに沿った対応かもしれない。たとえ客が構わないと言っても、あとからクレームが入るとややこしいことになるのだろう。
じゃあ、わかりました、と僕は頷いた。再入荷を待ちます。
よかった、とスタッフさんは笑った。

ホテルのベルボーイのように、エントランスで待ち構えるように黒髪ショートの女性が立っていた。
「お待ちしておりました。こちらへ」
一週間ぶりに顔を合わせたスタッフさんは会計カウンターまで先導してくれた。その図書館の販売コーナーには、地元の書店ではあまり見かけない知る人ぞ知る本も時折置かれている。再入荷された商品をカウンターで検品し始めたスタッフさんは、ふと顔を上げた。
「本がお好きだとお見受けしたので」
本の著者のネームバリューだろうか? それとも他の要因かもしれないと咄嗟に思い直して、僕は記憶を巻き戻すように一週間前を振り返った。
あの日、僕は一冊の単行本を棚から抜き取って、その表紙を手のひらや指先で撫でながら “利き紙” をしていた。通常とは異なる紙が表紙カバーに使われているその本の奥付には、案の定、「装幀 クラフト・エヴィング商會」とあった。選書家やデザイナーが著者への敬意を装丁に込めたようなその本の中には、手を誤った第三者による赤い線が引かれていた。それでも意外なことに、無機質な書体と硬質な文章が並ぶ紙の上で、その緩やかな赤い線は肌に透けて見える血管のように紙面に体温を与えているようにも感じられた。本の著者はリディア・デイヴィス、本のタイトルは『分解する』。いっそのことそのタイトルのように、本を読む度に赤い線を思い出しては、線が引かれた状況を分析するように想像してみるのも面白いような気がした。そんなふうに思いを巡らせながら、僕は本棚の前で立ち尽くしていたかもしれない。
いずれにせよ当初の予想は外れていた。本の交換はスタッフさん個人の善意によるものだったのだ。
「そういうことでしたか」と僕は恐縮した。
「大切になさってください」とスタッフさんは両手で本を差し出した。
やがて君は起こったことの一部を、あるいは大部分を、最終的にはほぼ全部を忘れてしまう、そしてもうこれ以上は忘れまいとして懸命にすべてを記憶にとどめようとする、だがあまり考えすぎると逆にそれを殺してしまうことにもなりかねない、それでも四六時中考えてしまう自分をどうすることもできない。/『分解する』リディア・デイヴィス 岸本佐知子 訳
